1人になりたい現代人〜舞台から降りれない人々〜

どうも、吉田光です。

最近はHSP交流会も落ち着いてきて、私も物思いにふけることが増えてきました。

「私のイベントにいらっしゃる方はこんな人が多い」という言葉も増えてきています(「HSPの方は○○な人が多い」って言い方をしないのがこだわりです)。

そんな中でよく私がお見受けする言葉やお話を聞いてきて思ったことを綴ります。

「一人が好き」と書く参加者

俳優の活動をしている私ですが、演技のレッスンの場において割とよく言われている言葉があります。

普段の方が演じている。演じるな。

舞台上にいる時やカメラの前にいるときは、「社会性を捨てる」ということが一つの大きなキーワードだったりします。観客は「社会的な人」を見たいんじゃなくて、「社会の枠からはみ出した人間らしい人間」を見たい、ってことです(だからといって犯罪は駄目ですけど)。そういったニュアンスの言葉を聞くことはよくあります。

なので私は人の社会性というのを割と意識して暮らしています。
俳優以外の、このHSPの活動においても重要なキーワードの一つであると言えるでしょう。

というのも、私のイベントでは「1人が好き」と話す参加者が非常に多いのです

私の交流会では、参加者にイベント開始前に自身の気質カードを書いてもらっています。
それは自身の気質が例えばどんなものなのかを1枚につき1つ、書いてもらうのです。

因みにイベントの際に「イベントのしおり」を配布しているのですが、気質カードに書く一例として以下をあげています。

  • 散歩が好き
  • アートが好き
  • きれいなものに深く感動する
  • 想像、空想する事が好き
  • 自然、旅行が好き
  • 音に敏感なので耳栓を携帯している
  • 人の気持ちに気が付きやすい
  • 飲み会が苦手
  • 集団生活が基本苦手
  • やたらと心配してしまう

こんな感じです。
そんな中、ここに載せてないにもかかわらず「一人が好き」や「1人でいたいときが多い」というのは非常に多く書かれています

あまりにも多く書かれてるから「俺しおりに載せてたんだなぁ」って思ってたけど、載せてなかったんかい。

1人の安全性

斯くいう私も、どちらかというと「1人になりたい人」です(Alwaysじゃないけど)。なので気持ちはすごく分かります。

1人になりたい時って色々とあるんですけど、例えば

  • 居心地悪い場所にいて自分の中のモヤモヤが溜まった時
  • ストレスが溜まってる時
  • 自分の中を整理したい時
  • 人から試されるような出来事が相次いで疲れた時
  • 単純に肉体的に疲れた時
  • 落ち着いて物事を考えたい時

という感じですね。
お分かりでしょうか。上記のほとんどを満たしうる環境が身近にあります。

職場です(笑)

「何わろてんねん」ってお思いかもしれませんが、もう笑わないとやってられないっすよねぇ正直(笑)。こんなとこ四六時中いてたまるかよみたいなところありますよねぇ(笑)。

一応言っておきますけど、今まで私がお世話になった職場全てが「逃げ出したい環境」ってわけじゃなかったですよ。居心地が良いところもあったし、好きにやらせてもらった職場もあるので、全部が嫌だったとは思ってませんけども、1人になりたい瞬間は勤務中にたくさんありました。もちろんHSPのみならずあるとは思いますけどね。

1人って安全なんですよ。

誰の期待にも応える必要がない
自分の行いに対して文句を言う人もいない。
誰かを落胆をさせることもない
目線もない
人に迷惑をかける心配も存在しない。
etc…

そう言う意味で言えば1人でゲームをするって行為って究極の安全だと思います。オンラインで人と共にやるとかじゃない限り、1人で延々とやれますからね。
誰かAC6やってる人いねぇかなぁ…。

あぁ、あとは1人で本を読むとかもそうか。スマホをいじるのもそうですね。しかし考えてみると、今までも存在していましたが1人で楽しめるメディアが増えましたね。

話は脱線しましたが…。

1人の安心というのを分解すると、上記のような感じかなと思いました。何か一つでも当てはまるものはありましたか?

ずっと舞台に出ている感覚

私は俳優をしています。舞台が中心ですが、映像もちょこっと出ています。因みに大阪で撮影されました自主映画がクラウドファンディングを行っていますので、よければご協力ください(こちらまで、終了は2023年10月31日まで)。

お芝居をしている時はたまらなく楽しいのですが、どうしても恐怖や不安がつきまといます。他者からの目線です。それが観客であれ、演出家であれ、映画監督であれ、誰であれ他者からの目線が入る瞬間に、一気に体が変化します、良くも悪くも。

それは今まで好き勝手に表現していた空間に、評価という概念が生まれるからです。演出家や監督の前になると、評価軸を強く意識してしまうのは、半分はしょうがないですよね。俳優の性というかなんというか。

普段の体と人前に出ている時の体は明確に異なるという体験を、私は数えきれないほどしています。当然舞台に立っている時の方が体に力が入っています。呼吸する時の熱も、楽屋に戻る時や舞台から降りる時とは大きく異なります。

でもそれは俳優をしている私以外にも、俳優やエンターテイナーを生業としていない方でも体験していることだと思っています。

他者がいると、どうしてもエンターテイナーになってしまう方。
他者がいると、どうしてもオカンになってしまう方。
他者がいると、どうしてもリーダーになってしまう方。
他者がいると、どうしても潤滑油になってしまう方。

私の交流会ではよく見かけます。
本来の自分より、大きく見せようとしている方が陥りがちかなと思っています。本来の自分の矮小さが嫌いで、それよりも大きくならないと人が寄ってこないと思っている方。正直な話、世間一般ではそういう人の方が好まれる風潮ってありますよね。

常に仮面をかぶって舞台に立っている方。そうしている自分しか自分を許していない方。

すると、

ずっと舞台に立っていて降り方を忘れる
楽屋に戻れなくなる
人前に立つための仮面の脱ぎ方を忘れる

脱いだ自分を許せないですからね。

なんなら演劇の訓練の場でもそういう方は多くいらっしゃいます。まぁ、私もその中の一人でしょう。
人前に立つための仮面がいつの間にか自分の素肌にへばりついていて、へばりついているがために窒息しそうになって必死にはがそうと苦心している方。

しかし、その仮面を被ることで安心を得ている側面もあります。仮面を外そうとしているのに、外したくない。そういったジレンマを抱えている。

まさに人間らしい。こういう二律背反は人らしいなと私は思います。

さて、かなりポエムのように綴ってしまいましたが、お分かりになりましたでしょうか?(笑)

俳優は10年以上、交流会は5年以上やってきてまして、いろんな方と会ってきましたが、そういう方を数えきれないぐらい見てきました。

偉そうなこと言ってますけど、この二律背反に私も苦しまれた時期はありました。舞台からちゃんと降りられるように苦心したこともあります。降りるために私がしたことは、「無理やりオフの日を作る」ということでした(ここに詳しく書いてます)。

仮面を外す、舞台から降りれる時間と環境があるのか

そもそも、仮面を外しにくい環境にいることが多いのかもしれませんね。職場、家族、挙句の果てに趣味、etc…。
外すことを許容されない、と自分が信じている環境しか周りにないと、自分のニュートラルギアを見失いますからね。ニュートラルギアを見失うのは怖いですよ。

その時間と環境が成立するのが一人になる事ってのは、まぁ分かりやすくシンプルな回答ですよね。

良いんですよ、ひとりになっても。私は人に揉まれて自分を見失う方が怖いです。取り戻していきましょう。

あんまりまとめられてないけど(笑)

まぁそんな感じです(笑)
いやどんな感じだよ(笑)
言いたいこと書きなぐって、風呂敷広げるだけ広げてみたら、なんかもうまとめるのがめんどくさくなっちまいました(笑)

ひとつでも引っかかることがあれば幸いです。

まぁそんなお話がよく出てくる交流会、よければお越しください!宣伝効果なさそう(笑)

イベント情報はこちらまで

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